津軽弁の日
津軽弁の日って?
牧良介
1937(昭和12)年
北海道小樽市にて生まれる。父原武平。母イ子(ネ)の次男。本名、原剛。
1953(昭和27)年 青森県立青森高校入学。演劇部に在籍。
1955(昭和30)年 青森県立青森高校卒業。
1956(昭和30)年 青森地方法務局に勤務。
1957(昭和31)年 劇団「創弦座」入団。原竜二、市川普奴の芸名で青森県立図書館ホールでの舞台に7回出演する。
1960(昭和35)年 劇団「雪の会」入団。初舞台は、第14回公演『薔薇いろのかげり陽のなかで』(会場・青森県立図書館ホール)。工藤栄子と結婚。
1962(昭和37)年 兄(篠崎淳之介/本名、原武夫。当時RABディレクター)のプロデュースによりラジオで津軽弁によるDJ(ディスクジョッキー)開始。16年間続く。
1974(昭和49)年 18年勤務した青森地方法務局退職。青森市にライブスペース「だびよん劇場」開設。ここを拠点に『伊奈かっぺい・13日の金曜日コンサート』など小劇場スペースのプロデュース活動を開始する。『津軽に消えた』(牧良介演出)東京公演の成果が認められて、劇団「雪の会」が第2回青森県芸術文化奨励賞受賞。
1981(昭和56)年 寺山修司監督映画の『田園に死す』出演。劇団「夜行館」公演『幻燈荘』客演。
1982(昭和57)年 劇団「夜行館」公演『遠国草子=丹花抄』主演。この年から月に一度新作一人芝居「二八じょんがら劇場」を開始する。
1983(昭和58)年 劇団「夜行館」全国公演『北ホテル』客演。
1984(昭和59)年 「五月の伝言・寺山修司祭」の実行委員となる。この年からいわき市「津軽の宵」で一人芝居『雪の思いでセールスマン』上演。
1986(昭和61)年 NHK銀河テレビ小説『町裏の聖者』主演。
1987(昭和62)年 渋谷ジァンジァン寺山修司月間公演・劇団「弘前劇場」『空の劇場』参加。
1988(昭和63)年 長部日出雄監督作品『夢の祭り』出演。
1989(昭和64)年 山梨県白州夏フェスティバルに「一人芝居」で参加。オドラデク道路劇場「風のマント」舞踏家福士正一らと巡演開始。
1990(平成2)年 道路劇場「風のマント」が南太平洋バヌアツから招待。「一人芝居」を上演。青森演劇鑑賞協会30周年記念プロデュース公演『じょんから万燈おんな唄』出演。
1991(平成3)年 エッセイ集『出番待ちのモノローグ』(おふぃす・ぐう)刊行。
1992(平成4)年 いわき市「津軽の宵」で『津軽考・談』公演。最後の舞台となった。9月25日、青森県立中央病院にて永眠。55歳。
《参考資料・あおもり草紙 第73号追悼【牧 良介】高木保製作年譜》(ぷりずむ)